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久々の更新です。

特に仕事が忙しかった訳でもなく、厳しい寒波で引きこもってた訳でもありません。

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実は入院しておりました。

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当年とって50歳、入院は人生で初めての経験でございます。

長い闘病生活の末、やっと社会復帰を果たすことができました。



入院に至るまでの経緯は・・・

昨年2月の胃潰瘍以降、禁酒→週末のみ飲酒→週数日の休肝日、てな具合で自分なりに酒量には気を使ってました。

ところが昨秋、突然胃部に鈍痛を感じ始めました。

サラリーマン時代を通じ、胃炎や胃潰瘍には慣れっこだったので胃薬飲んで暫く放置。

すると2、3日後、真っ黒な下血。

本来はここで病院に駆け込むべきだったんですが、“また胃内のユムシが暴れとるわ~”くらいにしか思っていませんでした。

以降、普通便と血便を繰り返しましたが、年末にはピタッと治まってました。

そして、お正月。

実家で友人や先輩と夜中までドンチャン騒ぎ。

調子に乗ってチト飲みすぎまちた。

翌日の夕方、下痢っぽかったのでトイレに駆け込むと、真っ黒なタール便が・・・。

誰が名付けたのかタール便。

ほんま見た目は、艶々したコールタールそのものです。

汚いお話はさておき、前記事にも書きましたが、その後禁酒生活に入り胃痛も治まっていきました。

がっ、今度はひどいめまいと倦怠感です。

一日中脈打つ耳鳴り、階段のぼれない、自転車こけないってな具合です。

仕事中も道路やエレベーター内でしゃがみ込む有様です。

もともと低血圧だったため自身で勝手に問題なしと思い込み、から病院行きを強く勧告されるも無視しし続けました。

思えばこの時、かなり貧血が進んでいたと思われます。

そして数日後、夜中に便器一杯に2度、真っ黒な吐血。

鏡を見ると顔や手は血の気なく真っ白けの蝋人形よう。

フラフラになりながら病院に到着。

血液検査を行うとヘモグロビン値(貧血度合)がどえらいこととに・・・。

今度は車椅子に乗せられ救急手術室へ入ると、次々と医師や看護師が集まりだします。

看護師からは即入院を告げられるも仕事を理由に拒否。

“2~3日後、所用を済ませてまた来ます。”って、のんきなことを言ってます。

10分くらい押し問答を繰り返していると、別室にいた担当医の先生がえらい形相で点滴してる私のベットへ。

以下が先生からの叱咤です。

「○○さん、今のあなたの体の状態を理解できてますか?ただちに出血箇所を止め輸血を行わないと命にもかかわりますよ。今から帰るなんてとんでもない!」



入院中、ほとんどの消化器系の検査を絶食(点滴のみ)で行ったので6キロも痩せました。

また、退屈やろうし“花見ガレイ仕掛け”でも作ったらどないや、ってご意見も頂きましたが集中力続かず5本で断念。

ヘモグロビン値も9台(男性基準値:14~18g/dl)に回復し貧血も治まってきましたので退院の運びと相成りました。

退院が決まったらワインで乾杯しようと冗談でメール送ったら、以後全く見舞いに来んようになった

「もう一回、吐血しとったらどうなってたか分からんかったんやで!」

一昨年、同じような病により48歳の若さで亡くなった義兄。

にとっては冗談が過ぎたようです。

退院証明書に記載された傷病名の欄には3つの病名が・・・。

病名は伏せますが、肝臓の機能はほとんど失ったようです。

とうとう男50前にして、酒も飲めん体になってしまいました。

これも長年、肝臓を酷使し続けてきたせいであり自業自得。

我が人生の潤滑油、補給せんとこれからやっていけるんやろか?

って落ち込む前に・・・

飲まぬ桜はどんな風に目に映るんやろ~鮮やかやろな~とか

飲まぬケミホタルはどんなゆれ方するんやろ~鮮明やろな~とか

とにかく、ポジティブにやっていきますわ。

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ベビーフードのようなお食事♪
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2リットルの下剤♪

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2012.03.01 Thu l 闘病記 l コメント (2) トラックバック (0) l top